“ちょうど良い”と感じる身体感覚と幸福さと【前編】

「自分の身体スケールに合ったサイズが 町にあるはずって」

“ちょうど良い”と感じる身体感覚と幸福さと【前編】

鳥取県東伯郡湯梨浜町

このくらしの主
オオカワ サチエさん(43歳)

横浜市生まれ。 神奈川・東京・大阪・アイルランドで暮らし、2021年より鳥取在住。建築設計事務所、アートギャラリーの運営、出版社勤務などを経て、福祉分野の面白さと可能性に惹かれて重度障害者や高齢者介護に従事するようになる。障害者・高齢者の地域での自立生活支援、地域コミュニティや人的ネットワークにおける互助、精神障害者の権利擁護活動などに興味を持っている。
撮影期間:2022年8月〜10月

玄関開けると大家さんが世話している地域猫がいたりする。車で出る前とか。

 

休日は毎朝無花果を取りに行ってた

仕事の日は通勤で出るけど、今年の夏、休日は毎朝無花果を取りに行ってた。

―朝イチで?

朝取りに行ってたね。大体大家さんが持ってきてくれたけど。

―こんなに無花果取れるのかって感じ。ウチもマンションで無花果買ってきたけど、ま、こんなには生らないっすよね、全然。やっぱり地植えだとね。

果樹は何十年もあるから実が育つんだよね。この木は40年越えって言ってた。毎日10個くらいとれるからご近所に配ったりジャムつくったり、嬉しいけど大変だった。

 

 

―オオカワさんが下宿を始めてから新しく植えた畑の所もあれば、もともとの部分もある、というような感じなんですね。

大家さんのおばあさんやお母さんの時代は畑も田んぼもやってたみたいだけど、今畑はやってない。ゆずや柿や梅みたいな実のなる果樹が敷地にはたくさん残ってるけど。私が”畑をやりたい”と言ったら、”好きな所で作ってやったら?”って言われて畳二畳分だけ作った。でもろくに勉強もしないで自然農やっている友達に聞いてやったの。雑草だらけのままやってる畑なんだけど、大家さんが見かねて”雑草は取らないのかい?”って言ってくるんだけど、”いいんです”って(笑)。なんで、肥料も追肥しなかったから、人参も小っさい。今回できた人参はこんなんでした。

 

朝風景を見ながら行くのは結構幸福なことだね

介護の仕事をしていて、その通勤のときに見える風景を同席者がたまたまいたので撮ってもらったの。

―訪問介護って同じ地域の人に対してかと思ったら、そうじゃないってことなんですよね、「重度訪問介護」というのは。

えーっと、そう。基本は自分の住んでいる地域の障害者とか高齢者の所に行くんだけど、私がやってる重度訪問介護はまだそんなに普及してなくて。都会に比べると鳥取は”重度の障害者が在宅で暮らす”という事例が少ないし、事業所ができたばっかりでまだ利用者も少ないから、”県内どこでも行きます”みたいな感じかな、今は。

でも、朝風景を見ながら行くのは結構幸福なことだね。海や山や梨畑が見えたり、東郷池が靄がかって中国の山水画みたいだったり。

あと夜帰ってくるときに日本海が見えるんだけど、漁火っていうのかな、イカ漁が結構盛んで、そのイカ漁の明かりが遠くの海に見えるの、真っ暗な海の中にぴかーって。とか、天気がいい時は車止めてぱっと空を見るともう満点の星で。都会と違って夜は真っ暗な場所がたくさんあって、暗闇がすごい近くなったのは幸福なことだなと、そう感じることが多い。だから、今のところ通勤は嫌じゃないね。なるだけ短い方がいいとは思うんだけど。

―これが朝ですけど、お仕事した後だったり、お仕事中だったり、昼間の時間帯はどんな感じなんですか?

私が今担当している現場がたまたま家の中のケア中心なんだよね。重度訪問介護って利用者さんによって全然違うんだけど、今は寝たきりで医療的ケアが必要だったり、重度の知的障害で気軽に外出したりするのが難しい人だったりして。10時間くらいずっと家の中にいたりする。人によっては一日中外出支援したりすることもあるけどね。

その中で医療ケアで吸引したり、一緒にテレビ観たり。言語障害があると言葉ではやりとりできないけど、コミュニケーションする方法はいろいろあって、すごい面白い仕事なんだけど。音楽聞いたり体を動かすことを手伝ったり、料理したり買い物したり。自立支援なので自宅で暮らすための支援をしているから、いろんなサポートをする。朝9時に行って夜9時に帰ってくる感じ。すごい長いから、介護の仕事の日は何も家のことはできないって感じかな。

―それを週何回やってるって感じなんですか?

週に3、4回くらい。日勤の仕事なんだけど、本当にたまに夜勤の仕事もあって。夜勤になると夜から行って翌朝10時に終わるので、15時間労働とかになるのかな。

―結構ハードなんですね…

 

「鬼嫁」って呼ばれるおばちゃんたちがいるんだけど

移住した当初は友人のゲストハウスとカフェでも仕事させてもらってたけど、今の私の暮らしの中でメインにあるのが介護の仕事で、それプラス町のコミュニティカフェを手伝ってる。月2回くらい。

毎年10月に松崎で行われる市の写真。その目の前の建物の中がその下のやつなんだけど、大きな長いテーブルがあって、ばあちゃんとかおばちゃんたちが座ってるとこが「カフェ梅や」っていうコミュニティカフェで、行政とか何も絡まず、地元のおばちゃん、自営業をしているおかみさんたちが町の人たちのために毎週火曜日にやってるんです。美味しいお菓子とコーヒー付いて300円くらいで来れる。地元のね、おばちゃんやおばあちゃんたちがくっちゃべりに来るの。

コロナの前は近所にあるゲストハウス「たみ」に来ている外国人客とか子育て世代が子ども連れてきて遊びに来てたし、本当に不思議な場所というか。何だろう、福祉と称さず、かなり福祉をしている場所で。コロナで高齢者が多いからしばらく閉じてたんだけど、私がちょうど来た頃に”再開しようか”となって、”じゃあ、私も手伝います”って2021年の夏頃から本格的に手伝ってる。ここは「鬼嫁」って呼ばれるおばちゃんたちがいるんだけど。

―鬼嫁??

そう、鬼嫁(笑)。「松崎の鬼嫁たち」って鳥取では結構有名。地元の洋品店や自動車屋さん、写真館や仕出し屋さんのおかみさんたちで、専業主婦もいるけど自営業でお店やっている人たちが多い。そんなお母さんたちが町を元気にしたい、自分たちが楽しいと思うことをしたいってことで、戦前はすごい賑わいがあった秋の農具市「三八市」を13年くらい前に復活させたの。

10月の3と8のつく日にやるから「さんぱちいち」。鬼嫁と呼ばれるようになったいきさつはいろいろあるんだけど、手作りの可愛い鬼の角をつけて「鬼嫁コンテスト」とかもやったりしてて、もはや名物になってる。

 

このポスターも手作り。何もかもおばちゃんたちが自前でやるんだけど。コロナでしばらく自粛していたらしいんだけど、私が移住した頃にテイクアウトマーケットしようとなって、温泉街だから仕出し屋さんとかが多くてお弁当作ってもらったりして、ここで売ったりとか。

毎週火曜日に誰でも来てよくて、おしゃべりできる場所を作っていて。そこに障害を持っている人だとか、高齢者だったり、コロナ前は旅行者を含め、若い人たちも来る場所になっていて。で、ここも私の泊っていい場所(笑)。

―へー、そうなの。

「梅や」は元々おもちゃ屋さんで、私たちの間では通称“松崎のゴッドマザー”と呼ばれてた有名なおばあちゃんが住んでたの。私が来る2か月前に亡くなられたので私は直接会えなかったんだけど。

若い人が”何かやりたい”といった時に、空き家の交渉とか、移住者と地元の人たちの間をなにかと取り持ってくれたりしてたんだって。誰に対しても公平で親切な人だったってみんなが私にそのばあちゃんの話を聞かせてくれるの。もう亡くなっているのに、未だにそこにいるかのようにみんなが語るようなおばあちゃんだったみたい。すごいよね。

元気な50代くらいのお母さんたちと、その親世代であるゴッドマザーみたいな人たちがいるのがこの松崎という土地で、そういう人たちが昔ながらの人たちと新しい人たちを受け入れる器を持っていて。

で、私は数年前に山陰旅行して「たみ」に滞在した時に鬼嫁のお母さんたちには会っていたんだけど、移住した時も私のこと覚えてくれてて。ゴッドマザーの娘さんが鬼嫁の中心メンバーなんだけど、すぐに梅やを手伝いたいって伝えたの。なんでかっていうと、私は小さな顔の見えるコミュニティでケアのことがしたくて移住してきたから。

長い間やってた建築設計の仕事をやめて、私が生まれた横浜市鶴見区で介護の仕事を始めた時、住む場所と働く場所を極力近くしたんだよね。でも、介護士として仕事場ではじいちゃんばあちゃんと出会えるんだけど、“オオカワ サチエ“という生活者として街中で出会うことはほとんどなかった。育った茅ヶ崎市に比べれば鶴見は下町だし、私も10年住んでたから地域の人たちとの繋がりは結構あったけど、やっぱり都会って人口が多すぎるし、匿名性が高いじゃない?

実は介護の仕事を本格的にする前にアイルランドの西にあるゴルウェイという町に住んでたんだけど、人口密度とかどこでも歩いて行けてしまう町の大きさとか、自然との距離や感覚の心地よさみたいなものがあった。自分の身体スケールに合ったサイズが町にあるはずって。

東京も横浜も好きだけど、もうちょっと顔が見えて、じいちゃんばあちゃん、子どもとか障害者とか外国人とか、いろんな人に出会える場所で、住むことと働くことを一致させてケアの仕事がしたいというのが事の発端。で、パッと思い浮かんだのが鳥取だった。友達がやっているゲストハウスの「たみ」があって、町のおばちゃんたちにも既に出会っていたというのも大きかった。元気な地元のおばちゃんたちと若い移住者がいるっていう、この2つがあるのは大きい。

 

これは「鬼嫁クッキー」。近くにHAKUSENっていうおしゃれなカフェがあるんだけど、商工会企画の割引クーポンには参加しないのに「鬼嫁クッキー」は作るんだよ(笑)。

―どうして?(笑)でも、みんなに受け入れられている観光の名物なんですね、鬼嫁って。

鬼嫁がすごいのは自ら提案や依頼もするんだけど、オリジナル商品を作りたい人たちも現れるっていう。地元の煎餅屋さんが“俺は鬼嫁のファンだから”って鬼嫁の焼き印入りの瓦煎餅を焼いてたし、それとか「鬼に金棒シュー」というすっごい美味しいシュークリームは、地元の洋菓子屋さんが三八市の時だけつくってくれるんだけど、百個以上つくって疲れすぎて本業の店を臨時休業にするっていう(笑)

最近はファーマーズマーケットとか有名なお店が来るイベントもあちこちで耳にするようになったけど、そのイベントのためだけにオリジナル商品を作るっていうのは、なかなか無いよなと思う。

 

“私のしたかった生活ってこれなんだよな”って

この池の写真は、梅やの近くにある松崎の東郷池。近くに「東郷温泉」があって対岸に高い建物が見えるのが「はわい温泉」っていう温泉で。そのさらに向こう側が私が今住んでいるはわい町があるんだけど。

―池?湖なんですかね?

いや、池。汽水湖※っていうのかな。しじみが採れたりとか、近所のじいちゃんはよくスズキを釣ったりとか。あとシラウオだったかな?春先になると湖岸の方に向かって小さい魚がいっぱい現れて、風が吹くと湖岸に魚も人間もわらわらと集まってくる。地元のばあちゃんとか網持って歩きで来て”サッ”て(笑)。そしてそれを天ぷらにして食べるとおいしいんだって。
※塩水湖の一つで、海岸付近にあり、海水の影響により多少塩分を含む湖沼(コトバンク)

―これ、夕方に人が来たりするんですか?

みんな東郷池に集まる、夏場から秋は特に。なんかそれもみんなの習慣で、湖岸に遊歩道があって夏はそこで花火観たりするんだけど、そこに行くといろんな人に会うの。夕日を見に来たり、子ども連れて散歩していたり、顔あわせるとコンビニでビールでもってなって、夕食の前にちょっとだけ飲んだりお茶したり。みんなが約束せずして集まるんだよね。

―自然というか、海とか湖とか水がある場所ってなんか集まりますよね。

自然とね。アイルランドに住んでいた時も街中に川があってそこのほとりが遊歩道や芝生で整備されててさ、釣り人がいたり船着き場とかあった。そこで一人で過ごすのもいいんだけど、大体その近くで友達がサンドイッチ食べてたり、楽器を演奏してたり仕事の合間に休憩にきてたり「ヘイ、また会ったね~」とかいって。あれにすごく似てて、”私のしたかった生活ってこれなんだよな”って。

―なるほどなぁ。そういうところは東京とも私たちが住んでいる所とも全然違うし、なかなか羨ましいところだなと聞いていて思った。

鶴見も下町で鶴見川もあったけど…もちろん商売している人とは会うよ、八百屋さんと立ち話したり。でもばったり会って話し込んだり、人が吹き溜まれる場所ってないよね。街中にはベンチもろくにないし公園も少ないし、あっても居場所って思えるような居心地のよい公園は少ない。店はお金払わないと入れないし。

―都会だと、こういう場所があったらめっちゃ集まっちゃう。そうなると、もう行きたくないなってなるじゃないですか。人の顔が見える距離感だったりは地域ならではだな、と聞いていて思った。

ま、あと他の県と違うのは人口の少なさだと思う。日本一人口が少ない県で、55万人しかいないんだよ。すごいでしょ、横浜なんて370万人都市だから。だからね、顔が見えるんだよ、認識できないっていう人口密度じゃないの。

この人が繋がったら、この人も知り合いだった、あの人も知り合いだったってことが鳥取では日常茶飯事。人と場所がはっきり認識されているから、これは鳥取のいいところ。人口減少と言われている時代だけど、適切な身体感覚と認知に非常にフィットするというのは本当に言えると思う。

―それ、県のレベルで言えているのはすごいっすね。

 

 

この神社は長瀬神社っていって、はわい町にあって。大家さんは氏子だし、それで一緒に見に行ったんだけど。鶴見の下町もお祭りが盛んなのがよかったけど、自分が育った茅ヶ崎は神社もないし、女子ども誰でも参加できる祭りもなかった。やっぱお祭りあるのはいいよね。

―いいよねー。

こんなに人がいたんだってくらい集まって。でもはわい町は普段はこんなに人はいないの。駅も遠いし個人商店も少ないし、車で行動している人たちがほとんどだから、松崎と違って道でばったりがあんまりないのは残念だなと。

 

気に入ったものがなかったら作ろうっていうのは、割とみんなやっている

ベーグルを焼くようになったよっていう(笑)。ベーグル食べたいのに、ベーグル屋がない。作れるなんて思いもしなかったけど、どうしてもベーグルが食べたくてYouTubeを見たら楽勝じゃんって。今ではもうベーグルマスターになりました(笑)。

無いなら作ろうっていうのは、ま、田舎ではよくある話だと思うんだけど。そんなド田舎じゃないから、大体の物は手に入るんだけど、気に入ったものがなかったら作ろうっていうのは、みんなやっている。例えばハーブティをブレンドできるようになった。きっかけは”町のためにワークショップやって”って「たみ」で言われて。自分が身に付いたらいいなと思って、詳しい人に教わって2か月間毎日自分でハーブティブレンドして飲みまくって、それでワークショップもできるようになったという。金継ぎもできるようになったし、らっきょや塩麹、梅干し梅酢、梅シロップやゆず酒、干し柿なんかもつくるようになった。まわりに教えてくれる人も多いしね。

 

 

これは町が運営している温泉で200円で入れるんですよ。湯梨浜だけでなく、鳥取にはめちゃくちゃいい温泉がたくさんあって、私が好きなのは三朝温泉と鹿野温泉。車ですぐ行ける。鳥取市内も駅から歩いて行けるところに4件くらい温泉があって、それも450円くらい、銭湯の値段で入れる。休みの日は大体温泉に入りに行くよね、どこかに。

 

(聞き手:カトウ ミワコ)

オオカワさんの暮らしは無くてはならない場所の話へ。【後編】に続きます。