海の仕事で取り戻した自分のくらし

「縛られるということが ないというのが漁師の くらしの良さ」

海の仕事で取り戻した自分のくらし

富山県朝日町

このくらしの主
トクダ セイイチロウさん(32歳)

愛知県豊田市出身。大手自動車メーカーのお膝元である豊田市で生まれ育ち、高校卒業後はなんの疑問もなく自動車関連会社に就職した。クレーム対応などが多い品質保証部門に在籍し、ストレスフルな日々を過ごした後、30歳を契機に退職。
学生時代から憧れていた漁師になることを決意して富山県朝日町に移住。現在は地域おこし協力隊として漁師の見習いとして修行中。将来は漁師として独立予定。
撮影時期:2019年11月~20年1月

漁の日は朝ごはんを食べずに仕事に向かう

朝5時に起床。漁の日は朝ごはんを食べずに仕事に向かう。

仕事場である浜は家から徒歩1、2分。朝早くだけど、近所の人も散歩やジョギングをしていたりする。
近所には年齢が若い人たちもいて、お年寄りばかりという印象でもない。

 

 

その日の段取りを3人で話してから漁に向かう

ここは漁に出る浜。港ではなく浜に漁船があり、そこから漁に出る。
いつも親方、手伝いの漁師、自分の3人で1つの漁船に乗って漁をする。今は漁師の見習いとして、40代の親方の下で修業中。

親方が5時半あたりに来て、その日の段取りを3人で話してから漁に向かう。
もしこの時点で天候が悪かったり、海がしけている場合は漁には出られないので、陸で漁の準備などをして過ごす。

 

 

天候のいい日の海は気持ちよくて、やっぱりいいなと感じる

この日は天候も良かったため、予定通り漁に出た。
出航して30分ほどの沖にあるポイントに到着する。
この時期は刺し網漁で魚や掛かってきたカニなどを獲っている。夏だと素潜り漁になって、もっと浜の近くで漁をする。

刺し網漁は
①網を仕掛けていたポイントに行き、梵天を拾ってロープ(600m)をドラムで巻く
②ロープが巻き終わると、続いて網(300~400m)をドラムで引き上げる
③引き上げた網にかかった魚やカニなどを獲る
というのが一連の作業。

冬のこの漁は休憩なしで大体9時くらいまで作業を続ける。時化のときはみんな無言で黙々と作業しているが、天候がいい日だと雑談しながら和やかな雰囲気で作業が進む。

天候のいい日の海は気持ちよくて、やっぱりいいなと感じる。

 

 

漁が終わり、10時くらいに浜に戻って荷下ろし。
この日は大体20匹が2箱で通常の獲れ高。大量のときは4箱くらいになる。

 

 

荷下ろし後、使った網を”たく”

荷下ろし後、使った網を”たく”。
”たく”とは、網をまた使えるように直すという意味。おそらく漁師言葉。

ちなみに、漁師を目指すために、富山県に地域おこし協力隊で来たのは自分が最初だとのこと。今は、自分より下の世代も地域おこし協力隊で漁師の修行をしている人もいる。

 

 

午前中に翌日の出荷準備をすます。

魚たちはマトウダイ、マダイ、スズキなど、沖よりも浅いエリアで獲れたもの。たまにアンコウなども獲れる。
週に2回沖側の網を上げるが、上げない日は浅いところに網を仕掛けておき、かかった魚を獲る。魚の網は1日仕掛けておき、翌日には引き上げる。

 

 

獲ったものは市場に出荷するまで活かしておくことが多い。
これは、活きた状態で卸した方が値が高くつくため。ほかにヒラメやアンコウが獲れたら同じように活かしておいて、市場に出荷する。

 

 

食べた人が喜んでくれる姿をみるのが、充実感を感じる瞬間

自分たちで直販もしている。直販する分のカニはその場で自分たちで茹でる。
自分で獲ったものを、自分で茹でて売る。食べた人が喜んでくれる姿をみるのが、充実感を感じる瞬間。
ちなみに、漁協のオンラインショップでも販売している。

12時までには出荷準備も終え、仕事は終了。
仕事を終えた後は、親方たちと麻雀をするのが日課。一時間くらい麻雀をしたあと帰宅する。

 

 

自宅で昼ご飯を食べた後、15時あたりにひと風呂浴びに近くの温泉へ。

ここは車で10分くらいのところにある温泉。昼間はほとんど人がいないので、ゆっくりできる。
朝日町は海の町でもあるが、山にも囲まれたエリアで温泉もある。

 

 

テレビで見ていたような猟を今では自分がやっていると思うと、少し不思議な気分

お風呂に入った後は、山に仕掛けておいたワナの状況を見に行ったりする。山の猟は駆除が目的で、イノシシや熊などを獲る。

この日、仕掛けていたワナに小ぶりのイノシシがかかっていた。
獲ったイノシシはさばいて食べる。イノシシの肉は、癖もなくおいしい。一匹さばくと、結構な量の肉になるので、知り合いにおすそ分けをしたりする。
ちなみに、写真のイノシシは小さかったので、食べずに処理した。

昔から、なんとなく猟師に興味があったのだが、テレビで見ていたような猟を今では自分がやっていると思うと、少し不思議な気分。

 

 

生業として農作業をするというのは向いていないと思う

時間あると、借りている畑の様子も見に行ったりする。
今はダイコンなどを育てている。

都会の人たちが、家庭菜園を楽しむというような感覚ではなく、単純に食べる目的で育てている。
朝日町では周りの人も大抵畑を持っていて、採れ過ぎても誰ももらってくれないのが悩み。

畑をやってみて思ったが、畑で何かを育てるよりも、海の漁、山の猟のような獲物を獲る方が自分には合っている気がする。生業として農作業をするというのは向いていないと思う。

 

 

ふたりでずっと朝日町に住むつもりでいる

18時ごろには晩ご飯。
晩御飯の用意をしながら、奥さんの帰宅を待って、一緒に食べる。

奥さんは地元が一緒で1年前に後追いで移住してきた。自分は朝日町に来るときに、一時的な移住ではなく腰を据えて朝日町で漁師として根付くということを話していたので、奥さんもそれをわかって覚悟を決めて移住してくれた。朝日町は若い人も多いので、奥さんも最近は同年代の友達も増えてきた。

漁師は、他の職業に比べて土地とのつながりが強い職業でもあるので、ふたりでずっと朝日町に住むつもりでいる。

 

 

調べものをしていると飼い猫が邪魔してくる

晩ご飯の後はパソコンで調べものをすることが多い。

今後漁師として独立したときのことを考えて、漁の道具や出店先を調べたり、魚関係の動画を見ている。地域おこし協力隊の任期は3年なので、あと1年半くらいで任期が終わる。その後は独立する予定。

調べものをしていると飼い猫が邪魔してくる。この猫は移住してから飼った猫。都会ではペット可の物件があまり無いが、朝日町では大家さんに聞くと許してくれることもよくある。

 

 

翌日の3時半、出荷しに市場に行く。

市場の出荷作業を手伝う日は大体2時半には起床する。4時半のセリに間に合うように向かうが、順番が早い方が高値が付くのでできるだけ早く出荷する魚やカニを並べに行く。

 

 

何か従うとか、縛られるということがないというのが漁師のくらしの良さだと思う

これは、家の近くにある山々の景色。
この景色を見ると”いい所に来たなぁ”と思う。海も山も近くて、田舎感もあってとてもいい。

前職は会社員だったが、朝の6時半から20時まで働くハードワークだった。高校卒業したら周りの9割は地元の自動車関連の会社に就職するのが普通。自分も、漁師に対する憧れはあったのものの、かなわない夢のようなものだと感じていた。結局、まわりと同じように自動車関連の就職をした。

会社員時代はなんの楽しみもなく、ただ生活のために働くという感覚でいたし、固定給なので働いた分がお金になるという実感も薄かった。漁師になった今は、自分のペースで働くことができるし、稼ぎも漁獲量に直結するので、やりがいや達成感も違う。

周りの漁師も70代後半まで現役の人がいたりするが、漁師が好きだから続けている人が多い。何か従うとか、縛られるということがないというのが漁師のくらしの良さだと思う。

 

(聞き手:カトウ ミワコ)

 

自分で獲ったものを、人に届けて、食べて喜んでもらいたい。漁師としてのくらす喜びはこれに尽きる。今後は独立を目標に、今よりももっと人に喜んでもらえるように頑張っていきたい。