地元に愛される苺を育てる

「苺は理系植物で、 育てるのも頭を使って 結構難しい」

地元に愛される苺を育てる

岩手県陸前高田

このくらしの主
マツダ シュンイチさん(36歳)

大学進学のために地元を出て秋田の大学へ。ずっと野球をしていたが、大学2年生のときに野球を辞めて、今後の生き方を模索していた。卒業後は秋田の飲料メーカーに4年ほど勤めたが、東日本大震災が起こる半年前に陸前高田にUターン。
実家のすぐ近くに産直ができたことにより、母親が農作物を出荷する姿を見て農業に興味を持ち、市の農業研修を受講。その直後に東日本大震災が起こり、就農できなくなってしまった。苺農家のところで手伝いをしていたとき、収穫を目前に控えた段階で苺農家が倒れたことで、跡継ぎとして持ちかけれて始めたのが新規就農のきっかけ。苺に関しては無知だったが、収穫、生育管理をしながら覚えていった。今年の12月で、苺農家になって9年になる。
撮影時期:2019年8月~19年12月

陸前高田は雲との距離が近く感じる

朝5時に起床。
いつも朝ご飯は食べずに、家から出てすぐのハウスに苺の収穫に向かう。

陸前高田は雲との距離が近く感じるが、この霧やもやがかかっている景色が好き。この日は山のほうに霧がかかっていた。

 

 

ハウスの中で収穫作業を始める。

苺栽培をはじめたときは、土の上に直接苗を植える「土耕栽培」をしていたが、2年前からハウスを新しくして腰ぐらいの高さの棚で苗を育てる「高設栽培」に切り替えて育てている。

農業は勘の蓄積が必要な職業だが、今はパソコンやスマートフォンで栽培を管理できる形にしているので、データとして数字がきちんと蓄積される。

データを残すことで、今後新規で苺栽培をはじめたい人がはじめやすい形を作れればと思っている。

 

 

作業にはいつも一緒に行動している猫が付きそう

ハウス内は土足禁止。苺が病気になると土を全部取りかえないといけないので、他の場所からの病原菌を持ち込まないためにハウスに入るときは靴を履き替えてから入る。

作業にはいつも一緒に行動している猫が付きそう。小さい頃から猫がいるくらしが当たり前で、作業しているときもいつも近くにいてくれている。

 

 

自分の手でひとつひとつ苺を詰めて送っている

苺の収穫後、出荷作業をする。

農作業は母親と2人でやっていて、母親は苺の選果をし、自分は出荷と箱詰めを担当する。これはふるさと納税用の梱包作業をしているところ。

自分の手でひとつひとつ苺を詰めて送っている。

 

 

梱包したものの発送手続きをしに行く。
陸前高田のふるさと納税用の発送は農家が自ら行うスタイル。

 

 

次に近場の卸先まで配達へ行く。
車に苺の入った籠を乗せてまわる。陸前高田市内だけじゃなく、隣の大船渡市や住田町までの距離は自分自身で配達をしている。

 

 

ここは卸先の一つで、大船渡市にあるケーキ屋さん。
大体1時間くらいで配達を終えて、家に帰ってきてから朝ごはんを食べている。

 

 

ここは家から車で3分くらいで着く滝で、隠れ家的な場所

ここは家から車で3分くらいで着く滝で、隠れ家的な場所。

小さいときは友達とここでイワナを釣りに行ったり泳いだりしていた。今でも疲れたときや仕事の合間に落ち着くために、ここでコーヒーを入れて飲んだり、ご飯を作って食べたりしている。

雨が降ったときに滝や川の水量が増えると、どんなに自分がもがいてても自然には勝てないんだなと実感する場所でもある。

 

 

11時からは苺の摘果作業。
自分の苺栽培は大粒をメインに作るスタイル。摘果作業で花を取り、実のつく数を減らすることで養分が少ない実に集中して、甘く大きな苺ができる。途中で昼ご飯や休憩をはさみつつ、18時頃まで作業をしている。

今は母と二人で作業をしているが、年々出荷量が伸びてきて人手が足りなくなってきているので、来年は雇用をしたいと考えている。苺は理系植物で、育てるのも頭を使って結構難しい。雇用する際は「手伝う人を雇う」ではなく、「苺を作る人を育てる」というふうに思っている。福祉施設との農福連携やシングルマザーの方でも働けるような形での採用を考えている。

 

 

食べてくれる人と苺農家を繋ぐ、コーディネーター的なことができたら

興味のある友人に声をかけて、試験的に3月の土日限定で苺狩りをしていた。

単純に苺を摘み取る苺狩りではなく、どこの部分を取るとおいしいのか、レシピ提案、苺とミツバチの話など、来てもらった人たちに苺にまつわる話をして楽しんでもらうスタイル。今年は食べてくれる人と苺農家を繋ぐ、コーディネーター的なことができたらいいなと思っている。

ちなみに、子どもたちに見せている絵本は苺の断面図が載っている本でお気に入り。苺は断面が美しい。

 

 

消費者がほしいと思うものを作れるように仕組みを作りたい

最近ハウスでの作業と並行して、大船渡でパティシエをしている友達と一緒に商品開発をしている。

ケーキ屋が普段使わないようなかなり大きいサイズの苺を使ったケーキで母の日に向けて試作した。ケーキなどは単価が安い小さい苺が使われがちだが、消費者が望んでいるものとは違うと思う。消費者がほしいと思うものを作れるように仕組みを作りたいと思っている。

 

 

そのほかにはジャム、フリーズドライ、シロップを試作中。ジャムは何種類か作っていて、いろんな人に試食してもらい試行錯誤しているところ。

今では陸前高田市内の苺の生産者は自分ひとりになってしまったけど、小さいときは近所に苺農家がいっぱいいて、もらった苺を潰してサイダーに入れて飲んでいた記憶がある。その記憶もあって、いつか苺サイダーを作りたいと思っていた。

陸前高田には、サイダーと言えば「マスカットサイダー」という地サイダーがあるが、地元でそういう存在になるようなサイダーになったら…と思っている。

 

 

陸前高田にはお金をかけなくても遊べる自然がたくさんある

観光物産協会で行なっている“コンテンツらぼ”での登山部の活動のひとつで、氷上山のマップ作りのために山登り。
ここは“太郎次郎杉“と呼ばれている杉のある場所。

この氷上山は、東京でいう高尾山並みで軽装備で登れる山だが、全然知られていないのでもっと登る人が増えてほしいと思っている場所のひとつ。

陸前高田にはお金をかけなくても遊べる自然がたくさんあるし、震災後も残っているものがある。そういうことをたくさんの人にもっと知ってほしいと思って、こういう活動にも参加している。

 

 

ここに来ると陸前高田が今どうなっているかがわかる

箱根山の展望台から見た夕焼けと、牡蠣の養殖いかだが並ぶ海。
ここは陸前高田っぽい風景だなと思っている場所。ここに来ると陸前高田が今どうなっているかがわかるので、変わりようを見に行く。

 

(聞き手:ミウラ ヒサコ)

 

生まれたこの町のために全力で生きる人になりたい。 陸前高田は何もない地域だけど、だからこそ逆に好きなようにできる地域でもある。ここは特産になる農産物がないので、地元に愛されるものを作っていきたい。地元の人たちと作ることに意味があると思うので、地元の人と繋がって面白いことができたらいいなと思っている。 そして、若い人の就職として選択肢に入ってこない農業を、自分の農業スタイルを通じて「農業=起業家」のイメージに変えて興味を持ってもらいたい。