しょうがでつくる新しい農業のかたち【夏のくらし編】

「祖父の農地を 使ってゼロから しょうが栽培を始めた」

しょうがでつくる新しい農業のかたち【夏のくらし編】

岩手県陸前高田

このくらしの主
キクチ ヤストモさん(36歳)

千葉県出身。東京で建築の内装業の仕事につく。2011年の東日本大震災で、母方の実家がある陸前高田の被災地を見て、“食”の重要性を痛感する。
30歳を機に陸前高田に”孫ターン”。寒さの厳しい避難所生活を目の当たりにして、冷えに効く”しょうが”に注目。今後の超高齢社会を迎えるにあたって可能性を感じ、農家だった祖父の農地を使ってしょうが農家を始める。現在は陸前高田の母の実家で両親+犬一匹と暮らしながら、農家としてしょうがの生産活動のみならず、プロモーションやマーケティングなど幅広く活動している。
撮影時期:2019年7月~19年12月

■キクチ ヤストモさんの活動

鳥の鳴き声や啄木鳥が木をつつく音で起きることも

朝7時頃に目が覚める。
カーテンを開けると、自分の家の自給用のねぎ畑とお隣のりんご畑が広がる田園風景。

千葉に住んでいた頃は家が高速道路近くの住宅地で、車やバイクの音が部屋の中まで聞こえてきたが、ここは静かで鳥の鳴き声や啄木鳥が木をつつく音で起きることもしばしば。

”孫ターン”で移住して6年経って自然な朝の光景になっている。

 

 

仕事に取り掛かる前の大事な切り替え時間

朝起きたらまず飼い犬におしっこをさせて、畑の周りを10分くらい一緒に散歩する。

ずっと犬は飼いたくて、移住を機に飼いだした。千葉に住んでいる時に出会った甲斐犬の愛護団体のお店で陸前高田への移住が決まった頃に安く譲ってもらった。移住して、農業を始めて、ずっと苦楽を共にしているから、相棒のような存在になっている。

自分は朝起きて、ご飯を食べずにすぐに仕事に取り掛かるスタイル。この散歩の時間は一旦立ち止まって今日の予定を考える、仕事に取り掛かる前の大事な切り替え時間になっている。

 

 

しょうがの仕事は、春5月、6月頃に植え付け、10月下旬頃に収穫するのが一連の流れ

7月、しょうがの苗を植えて1か月半ほど経った。
苗の背丈も伸びてきて、15㎝くらいにはなっている。

しょうがの仕事は、春5月、6月頃に植え付け、10月下旬頃に収穫するのが一連の流れ。春に前のシーズンに残しておいた種芋を植える。

 

 

背丈が出揃ってきたら、しばらくして機械で”土寄せ”をする。
”土寄せ”とは、地下で育ったしょうがが地表に出て、日光を浴びて緑色に変色するのを防ぐために土をかぶせる作業のこと。売り物である地下茎=しょうがが緑色になってしまうと、価値が下がってしまう。
夏の時期はよいしょうがに育てる育成期。お世話の仕方で価値が決まる。

 

 

穏やかな空白の時間

仕事の合間に軽トラで近く海に寄って休憩。穏やかな空白の時間。

夏の期間は自分のしょうがの育成のほか、他の畑の草刈りも引き受けている。夏の草刈りは暑くて体力的にも大変だし、1人で黙々とひたすら作業を進めていくので、意識的に休憩時間を作ることも大事。

千葉に住んでいた頃は職場の東京までの通勤時間で1時間くらい空白の時間があったが、今は自宅のすぐ隣が仕事場で通勤時間が無いので、意外に気の休まる時間が少ない。

 

 

飼い主の自分が外に連れ出してもらっている感覚がある

夏の日の夕方、農作業の合間に相棒の犬を散歩がてら川の浅瀬に連れて行った。

この頃、陸前高田でも30℃を超える真夏日が1週間も続き、犬もバテ気味だった。川に入ると水を得た魚のようにすごく喜んで元気になってくれた。

犬がいると365日どんな日でも外に出ることになるが、飼い主の自分が外に連れ出してもらっている感覚がある。そういう意味でお互いに活かされているのかもしれない。

 

 

2週間に1回、車を20分走らせて清水湧口(しずのわっくつ)という湧き水を汲みに行く。

名前がアイヌ語からきているというほど昔からあった場所で、震災で他の水が枯れた時にはここから給水していたらしい。山の中のへき地で、リフレッシュにもなる。

 

 

被災地となった陸前高田で痛感したのは“食”の大切さだった

18時頃には家族と夕飯。
食卓に並ぶのは知り合いの漁師からもらったタコのタコ飯や魚など。自分の畑で採れた野菜と魚を交換するなど物々交換するのも多い。

陸前高田は漁港として魚の水揚げ量の多い大船渡や気仙沼に挟まれていて、美味しい魚をお裾分けしてもらうこともある。

移住する前は家族で千葉に住んでいて、陸前高田は祖父母が住んでいた土地だった。家族が先に陸前高田に移住していたが、震災で両親の住む陸前高田を見て移住を決意。30歳の時に”孫ターン”という形で移住した。

被災地となった陸前高田で痛感したのは“食”の大切さだった。特に寒さの厳しい避難所生活を目の当たりにした時に、冷えに効く食べ物の重要性を学んだ。そして出合ったのが冷えに効くスーパーフード”しょうが”だった。古来から体に良いと食べられてきたしょうが。高齢化も今後進み、健康に良い食物はニーズが高まるはず。そうしたしょうがの可能性に期待した。

それまでは建設業に就いていたが、移住後、祖父の農地を使ってゼロからしょうが栽培を始めた。

 

 

月に1回、地元の若手農家で集まって勉強会をしている。

集まるのは45歳以下の新規就農の人たち。親から農業を引き継いだ人、県職員で苺を研究している人、NPOで陸前高田のリンゴを守っていきながら農家をしている人など、多種多様。行政に若手農家の声を届きやすくするためにグループを作った。ここでは既存の枠組みにとらわれず、どうビジネスをしていくかを話し合う。

 

 

陸前高田のカフェペチカで岩手大学の同級生と近況報告

陸前高田のカフェペチカで岩手大学の同級生と近況報告。

一昨年、岩手大学の社会人向けの農業経営のプログラムに1年間通って、農業のマーケティング、労務、メディア活用など必要なノウハウをすべて学んだ。今回会ったのはそのプログラムの同級生。

岩手大学に通うまでは試行錯誤でやっていたが、通学することで自分の考えとセオリーを答え合わせできたし、得るものがとても多かった。今はプログラムの最後に計画した経営計画に則って事業を行っていて、これまでより順調にできている。

 

(聞き手:サワモト ハジメ)

※このあと、キクチさんのくらしは秋の収穫シーズンへ。続きは、しょうがでつくる新しい農業のかたち【秋のくらし編】をご覧ください。